でこぼこーど

自己探求する主婦の子育てと愛犬介護の記録

親の呪縛から心が解放されたんだと実感した日。今までずっと親からの評価を求めていたのかな、、、

それって親に認められたかったのかも知れないな。

 このブログでも何度か書いてきた両親との関係。

 

親のほうは何とも思ってないかもしれないけど…私の人生のテーマはそこにあったんじゃないかってくらい、『両親との関係』は私の人生に影響を与え続けてきたもの。

 

つい先月、やっと親の影響から解放されたんだなぁ〜と実感したことがあった。

 

それまでも、ほんとうに少しづつ、境界線をひいたり、客観的に距離をおいて観察したりしながら、親からの影響を脱ぎ捨てていけてる感覚があったんだけど、、、。

 

だけど、今回のことで

あぁ、、、本当に解放されるってコレだったんだな〜と知った。

f:id:decobocode:20210328123845j:image

その日は朝から出かけていて。

急に両親が訪ねてくるというのでバタバタと家に帰って予定が狂いまくった休日で。

 

それで、親が来ている目のまえで、夜ご飯を作るのをサボって、近所で買ってきたジャンクフードを子供達に食べさせた。

 

そんなこと??って思いましたか?

 

えーっと、、、

ふつうの親子関係の人からみると???かも知れないんですが(^^;;

きっと、一般的には、親に気を遣って、親の前で本音が出せないなんて想像できないですよね💦

 

でも、、、
これまでのワタシには
できなかった。


親の前で強がってた。
弱みを見せたくなかった。

 

親に口出しさせないくらい
完璧にやってやるとか…。

 

子育ては支配することじゃないって証明したいとか、見返したいとか…?

 

今から振り返ってみると
それ自体がもう親を常に意識してて。


自分の内側にいつも
大嫌いな親を住まわせてた。
親の価値感に縛られてた。

 

それって、つまり…
親に認められたい
もっと評価されたい
、、、て。

ずっとずっと頑張ってたのかもしれないな。

 

大人になってもどこかで親に認められたいって気持ちが手放せなかったし、親を嫌いだとか恨んでるっておもいながら、それでも親にほめられるいい子で居たかったんだなぁワタシは^_^;

 

それが、ほんのここ1年くらいのあいだに、そんなことが気にならなくなってた。

 

親に認められても
認められなくても
どーでもいい
思えるようになっていた。

 

忙しかったからって言い訳も
いつもはちゃんと作ってる、、、
って説明も。
何も必要なかった。

 

こんなちっぽけなことだけど
私にとっては大きな変化で
はじめての経験だ。

 

やっと親からの承認が
必要なくなったってことだろうな。

 

親からの評価は
私とは関係のないこと。

 

私にとって大切なのは
自分がどう感じるか
自分が心地いいと感じるか
それだけなんだって
自然に感じられるようになった。


それが、親から植え付けられてた親の価値観を手放せたってことだったんだと実感した。

 

 

本当の解放は影響されなくなることだった

無理して機嫌悪くなるよりも
完璧じゃなくてへこむよりも
自分が心地よく
上機嫌で居られるように。


甘やかしたり
ご褒美あげたり
ほめたりして
自分のバランスをとってあげること。

 

それは自分勝手なんじゃなくて
上機嫌で過ごすことが
周りの人のためにもなること。

 

それを
心の底から納得したことで
親の反応にも
感情が揺れなくなったんだと思う。

 

親からの承認は本当になんの意味もないものになったんだと思う。

 

これまでの親との関係は
ワタシが親になった時が
ピークに最悪だった。

 

子どもを産んだら親のありがたみがわかるなんて昔から言われてるけど、私の場合はで。

 

自分が親になってから、過去の記憶とか親との関係とか、愛されてると感じることができなかったいろんなことに疑問が湧いてきて。

 

「どうして?なんで?」って…

鬱になりそうなくらい
心が荒れたんですよね〜。

 

あの時が一番苦しかった。

心のなかに閉じ込めてあったパンドラの箱が開いてしまった、、、そんな感じで。

 

昨年のお正月に、新年のあいさつに実家に行く習慣を辞める!と決めたとき、、、実家に帰らないのは親不孝? - でこぼこーど 

 

罪悪感をやっと手放して、自由になれたと思った。だけど、それには続きがあって、、、。

 

今度はずっと病気したこともなかった母が手術することになって、『会わない』って選択をすることにまた罪悪感を感じさせられて感情を揺さぶられた。

 

それから約1年経ち、、、

 

最終的に、顔を合わせて同じ空間にいても、自分らしく気を遣わずに居られるようになったとき、本当にやっと乗り越えたんだなって思った。

 

影響を受けないってことは、『会わない』って選択をできることじゃなかったんだな。まだその先があったんだ。

 

会っても
会わなくても

 

同じ空間にいても
居なくても

 

相手に影響されずに
自分らしく平常心でいられることだったんだ。

 

長い長い道のりだったけど、最後の1年は、ものすごいスピードで現実が変化した。

f:id:decobocode:20210328153746j:image

意識が変わると現実が変わるスピードが違う!

私が、ただ支配されている親子関係に疑問をもって、そのことに向き合い始めてから、実に16年!!

 

16年もかかったのに、、、ほとんどの大きな変化はこの1年だったってのが衝撃で。

 

自分の中の溢れ出してくる怒りとか寂しさと対峙した数年間。

そのあとやっと相手に見せずに心の中で切り離すことができるまで7〜8年くらいかかっている。

 

そこから心の距離をおきながら、物理的には変わらない距離を続けたのが同じく7〜8年。

やっと、会わないこと関わらないことを自分に許可することができた。

 

ずっとできなかった、自分の心のなかの罪悪感を手放して、自由になることも、親不孝な自分になることも許すと決めた。

 

そして、『会わない』を実行した1年前の私。


そこがゴールと思ってた。
でも違った。

物理的に距離を置いただけで
精神的にはまだ
親の価値観に縛られて続けてたんだから。

 

今からあの頃を振り返ってみると、同じ空間にいると影響されてしまうから、同じ空間に居ないことを選択した、、、というだけことだったのかな。

 

それに気がついたのは、
私を試しているみたいに
母が手術することになり
『会わない』決意を揺らす現実が連続でおこってきたから。

 

ワタシはまた、苦しい親の呪縛の中に放り込まれた気がした。

 

だけど、1年前にその影響から物理的に離れることを自分に許可して。それをえいっ!!と実行に移したことは、その後の自分の心の中にものすごいスピードで変化を起こし続けたらしい。

 

あれから、ものすごい勢いで現実が変わってしまった。

 

1年後に気がついたら、同じ空間にいても、影響されずに自分らしく居られるようになっていた。そして、これが本当に親の価値観からの解放だったんだなと実感した。

 

やっぱり現実は意識が作り出してるのかも知れないな。

小さい時からの習慣で
父親のことが怖かった。

 

怒鳴られるんじゃないか?
機嫌悪くなるんじゃないか?
いつもいつも先回りして心配してた。

 

私の娘が父親に褒められて
気に入られる孫でいてほしかった。

 

だから私の父の前ではピリピリしてた。
ちゃんと大きな声で挨拶できるか?
お行儀よく静かにできるか?
残さずきれいに食べれるか?
父が満足する良い子か?

 

そんな親の子育て方針が嫌いで、
自分は認めていないのに、、、だ。

 

それが、今ではうちの子が私の父親が気にいるいい子でいる必要はないって思えるようになっている。

 

娘のわたしに厳しかったように、孫にも服装とかメイクとか自分の好みとかを押し付けてくるのは昔から変わらない。

でも、そのことになんの反応もなんの感情も起きなくなった。

 

そしたら!

これまた不思議なことに、、、向こうがあっさり折れるようになった。

 

あんまりしつこいと、めんどくさいから孫が寄り付かなくなるんちゃう?『また文句言われるから、ワタシはパス〜』って言ってたわ笑笑

 

、、、こう言った日から
もう、髪型にも服にもメイクにも、一切口出ししない、物分かりの良いおじーちゃんになった。

 

もう、言わんから、
遊びに来いってよろしく言っといてくれよー、、、なんて。

 

ほんと、不思議なもんですね。

こんなふうにして
何も変わってないのに
すべてが変わっていく、、、

そんな体験をしています。

 

やっぱり、現実は
心の中から始まってるんだな〜。
そんなことを実感しています。

 

www.decoboco.me

www.decoboco.me

www.decoboco.me

www.decoboco.me

 

KAKA

にほんブログ村 主婦日記ブログ ひきこもり主婦へ
にほんブログ村 でこぼこーど - にほんブログ村