でこぼこーど

自己探求する主婦の子育てと愛犬介護の記録

愛犬の最期を看取れなかった後悔で自分を責めないで。それはきっと愛犬からの愛のしるし。

愛犬の最期

16歳になる愛犬を看取りました。

 

愛犬との別れの時
不思議な体験をしました。

 

「ペットは飼い主に死に際を見せたくない」
というのは本当なのかもしれない、、、。

 

それは動物の本能なんかじゃなく、
愛犬からのかもしれないと。

 

だから最期を看取れなかったことを
後悔している人や

寂しい思いをさせたんじゃないかと
自分を責めている人に伝えたい。

 

愛犬は別れの日も
旅立つタイミングも

自分で決めているのかもしれない、、、。

 

ひとりきりでで旅立ったことは、
愛犬からの愛かもしれない。

 

そんな老犬を看取った私の体験談です。

愛犬の死の間際におきた不思議な体験

愛犬マロが天国へ旅立った日。

予感ではなく、今日なんだとわかった。

 

だからこどもたちが寝る前に
後悔しないように心の準備をさせた。

 

そしてみんな寝静まって
私とマロの2人きりになったころから
急激に容態が悪化していった。

 

苦しむ姿を見ているのが辛くて

神様お願い、、、

もうこれ以上苦しませないで

連れて行ってあげて、、、

そう何度も祈った。

 

 

何度も声をかけ続けた。

もう頑張らなくても
楽になっていいんだよ。

 

家族のことは心配しなくても大丈夫。
苦しいのも 痛いのも
もう家族のために我慢しなくていいよ。

 

 

マーがいなくなっても
泣いてばっかりしないで
ママちゃんと頑張るから。
またマロに逢えるまで
ちゃんとがんばるからね。と。

 

 

それまで苦しそうにしていたから
抱くよりも 自分の楽な体勢でいられるようにと
そばにいて声をかけていた。

 

でもどうしても
最期に抱きしめたくてたまらなかった。

 

 

抱いたら苦しいかもしれないけど
抱っこしてもいい?と膝枕をして
私の座っている足の間へ寝かせた。

 

 

そうしたら、さっきまで苦しそうに
痛そうにしていたのが嘘みたいに

静かに落ち着いて、、、
体から強張った力が抜けた。

 

 

それは
もうこれで旅立ってもいいんだねって
ホッと安心したような
そんな感じだったように思う。

 

 

足の間に抱きながら
身体をなぜながら
ずっとずっとマロに話しかけていた。

 

死ぬことは怖くないんだよってこと。

 

天国に行ったら
痛いのも苦しいのもなくなるし
いっぱい自分の足で走れるし
美味しいものもまたたくさん食べられるよ。

 

天国でおばあちゃんも待ってるから
寂しくないよ。

 

天国では
ここより時間がすぎるのが早いから
すぐにまたみんなと逢えるよ。

 

だから、安心していっておいで。
天国で待ってってね。
また会おうね。って。

 

 

しばらくそんな静かな時間がすぎた。

 

 

喉が渇いているかな、、、
さっきまでは
水を飲ませるとそのあと苦しそうになるから
水を少しずつあげていて。

 

でもさいごにもっとお水を飲みたいかな?
そう思ったのに、ボトルに入れていた経口補水液が
なくなってしまった。

 

お水取りに行ってくるねと声をかけて
そっと膝から頭を下ろした。

 

 

部屋は豆球の常夜灯だけの灯で、
夜中だからとても暗かった。

 

水を入れるために

キッチンの電気のスイッチをいれた。

パチンと一瞬光って切れた。

 

 

こんな時に電気がきれるなんて、、、と
冷蔵庫のわずかな灯りの中で
給水ボトルへ補水液を入れた。

 

マロのそばに戻って
水を飲ませるために小さな

手元灯のスイッチを入れる。

またチカッと一瞬光って切れた。

 

 

この手元灯の電池は切れてるはずがないのだ。

だって、この手元灯は昨日長女が学校の授業で作ったばかりで。
夜の看病で使う?とくれたのものだったから。

 

涙があふれた。

 

マロはきっと
苦しんでいる自分の最期の姿を
見られたくはないんだなと察した。

 

それでも死に際にそばにいさせてくれたのは
私が最後のときはそばにいたいと
何度もお願いしていたからだ。


きっと私の願いを叶えてくれたんだ。

 

だけど本当は最期の苦しむ姿は
見せたくはなかったのかもしれない。

苦しむ姿をみせたくない愛犬の気持ち

長女のことが頭をよぎる、、、

 

最期の時とわかっていたら
きっとそばにいたかった
起こしてほしかったと思うだろう、、、。

 

看病する夜に、調子が悪い日には
朝までもたないかもしれないと不安になる日もあって。

 

そんな日はマロを抱いて、
家族の枕元でみんなのニオイを嗅がせてあげた。

 

これが最期になるかもしれないと思ったら、
マロだってちゃんとお別れの挨拶がしたいだろうって思って、、、。

 

そんな時、
長女だけは気にしていつも眠りが浅かったのか、
必ず目を覚まして、起き上がって声をかけて
マロのことを抱きしめてくれた。

 

 

生まれた時からずっと
一緒に暮してきた大切な家族だから。

 

だけど私には旅立つ瞬間の
愛犬マロの気持ちが痛いほどよくわかった。

 

 

最期の時と分かっていても
苦しんでいる姿を
見られたくない。

 

最期の苦しむ姿なんて
見なくていい。

 

 

自分は側に居たいと言いながら勝手だけれど、、、、。

愛する子の苦しむ姿なんて
見せたくないと、、、。

元気だった楽しい時の記憶を
さいごに覚えていてほしいと

そう願った。

 

 

きっとマロもそうだったんだ。

本当は苦しんでる姿なんて
家族にみせたくはなかったんだな、、、。

 

だからきっと、、、

ひとりきりで看取られることなく旅立つことを選ぶ子たちは、みな同じように思っていたんじゃないかな、、、。

 

大好きな家族に
最期の苦しむ姿をみせなかったのは
元気だったころの自分との思い出を
持っていてほしいと望んだんだって。

 

それは、
彼らからの愛情なんだなって。

最期の瞬間

それから、マロが天国へ旅立つときは
本当に安らかに息を引き取った。

 

まるでサイレントの映画のように
音のないまま
声のないまま
何度か口開けて、、、

 

わん、わん、わん、

わん、わん、わん、わん、

と、声を出さずに鳴いた。

 

 

しばらく抱きしめたあと
まだ、マロの温もりを感じられるるうちに
抱かせてあげたいと
長女を起こしにいった。

 

 

まだ温かいマロを抱いて
まるで寝ているようにしか見えない
安らかな顔を見ながら
長女もちゃんとお別れすることができた。

 

そしてそのあと、パパと次女も。

 

きっとちゃんと聞こえていたよね。
みんなにお別れをさせてくれてありがとう。

 

 

そのあとすぐ、
付かなかったはずのキッチンの電気も手元灯も
また元どおりつくようになった。

 

あぁ、、、やっぱりそうか。

やっぱりマロが電気をつけないようにしてたんだなってことがわかった。

身勝手なお願いをかなえてくれた愛犬

マロはきっと
苦しんでいる自分の最後の姿を
見せたくはなかったはず、、、。

 

それなのに最期をそばで看取らせてくれたのは、
きっと私が何度もお願いしたから。

 

私のためにそうしてくれたんだと思う。

マロはわたしの身勝手なお願いを叶えてくれたんだ。

 

私がいちばん恐れていたのは
誰も家にいない時に
愛犬がひとりきりで
天国へ旅立ってしまうことだったから。

 

マロが死んじゃったら
きっとママはペットロスで立ち直れないんじゃない?

 

家族からいつも心配されてた私。
じぶんでも自覚があった。

 

だからなおさら後悔はしたくない!

ちゃんと見送りたい!

最期を看取ってあげたい!

そんな思いが強かった。

 

ちゃんと最後のお別れができないと
きっとずっと立ち直れずに
引きずってしまうから。

 

 

老衰でおとろえてゆく愛犬を介護しながら
ほんの少しの時間でも
ひとりきりで留守番させる時間が不安で。

 

 

自分の娯楽的な予定をいっさい入れなくても
買い物や下の子の習い事の送り迎え
学校の行事もあって、、、

ドキドキハラハラしながら
家を出たり入ったり、、、

 

 

介護中の愛犬をひとりにできなくて、
受験生の娘につきっきりのお世話を交代してもらって
自転車をかっ飛ばす毎日。

 

付きっきりで介護をする毎日の中で
2人きりの時間がたくさんあった私は
愛犬に何度も言ってたことがある。

 

寝たきりになってお世話する毎日は
すごく大変だけど、、、

こんなふうにマロにしてあげられることが
沢山あってすごく幸せだよ。
って。

  

それから、

苦しんでいる姿を見るのは
ママもとってもつらい。

 

だけど一人ぼっちで苦しませるのは
もっとつらい。

 

だから何もできないけど
そばににいさせてほしい。

、、、と。

 

だからきっと、ほかの家族と同じように
自分がいなくなったあとの
私のことを心配したに違いない。

 

最期の時でさえ、
私の望んでいることを叶えようとしたのかも、、、

飼い主に死に際をみせたくない理由

まだ、愛犬が旅立つ前のこと、、、

 

愛犬の最期を看取れないことを心配してる私に
ある友達が言ってくれたことがある。

 


どれだけそばにずっと付き添っていても
最期の瞬間にそばにいてあげられないこともあると。

 

 

飼い主は、誰だって
最期はそばで看取ってやりたいと思う。

 

 

だけど愛犬を看病していた人のほとんどが
愛犬の最期に立ち会えなかったというのです。

 

 

どれだけつきっきりで看病していても
最期の瞬間は誰もそばにいない時に
ひっそりと亡くなったのだと教えてくれました。

 

ある子は、新聞を取りに行った
わずかな時間に、、、。

 

ある子は、飼い主さんが
トイレにたったその間に、、、。

 

ある子は、食器をかたずけに
台所へ行っているときに、、、。

 

みんな
つきっきりで看病していたのにです。

 

ほんの少し離れたそのときに
ひとりで旅立ったそうなのです。

 

まるでひとりになるタイミングを
頑張って待っていたかのようだったと。

 

皆がそうではないけれど
動物には亡くなる最期の瞬間を
ひとりで迎える子も多いこと。

 

それは最期の瞬間を
自分で決めているように見えると。

 

苦しむ最期の姿を
飼い主に見せたくない子もたくさんいるから。

 

最期の時にそばにいてあげられなくても
自分を責めたらあかんよと。

 

その話を聞いたときは理解できずにいました。

飼い主側の気持ちとしては
そんなの寂しすぎる、、、と。

 

赤ちゃんの頃から
我が子同然に育ててきて。

 

家族として長い時間を
一緒に過ごしてきて。

 

最期の時ぐらい
いっぱい甘えてほしい。

 

最期の時はそばにいて欲しいって
思ってくれていると信じたい。

 

 

なんでそんな寂しい選択をする子がいるのか?
その時のわたしには理解するのは難しい、、、
というのが本音でした。

 

でも愛犬を看取った今ならわかる。

それは、そんなことを超えている
愛犬からのだってこと。

 

ペットが飼い主に死に際をみせない
という話はよく聞く。一般には猫が多いけど、、、

 

それを、弱っているときに襲われないときの
動物の本能だとかいう人もいる。

 

でも、わたしは違うと感じてる。

 

ひとりきりで旅立つのは
もっと深い愛犬との絆や愛だと感じるし

 

私たち飼い主の愛情は
ちゃんと届いてるし
受け取ってくれてると。

後悔している人へ伝えたい愛犬の気持ち

愛犬をそばで看取ってあげられなかった
後悔がある人にも


一人で旅立たせたことで
自分を責めている人にも
伝えたい。

 

それは
愛犬がじぶんで決めたことだったって。
それは愛犬からの愛のしるしだよと。

 

ちゃんと飼い主さんの愛情は届いているし
愛犬たちはきっと
その愛情を受け取ってくれていること。

 

それを超える大きな感謝と愛情を
愛犬たちは持っているんだってことも。

 

悲しんだり自分を責めることはきっと
愛犬たちが望んでいないこと。

 

最期の姿ではなく
一緒に暮らした楽しかったことや
元気な姿をいちばんに心にのこして
覚えていて欲しいんだってこと。

 

もし、苦しんでいる人がいたらこのことが伝わるといいな、、、。

 

⇩愛犬との他の記事はコチラにも

愛犬との絆 ~愛犬の介護と看取りの記録~

 

⇩愛犬が教えてくれた絆の話

愛犬とのふしぎな絆と星の約束:スピリチュアルに読む『星の王子さま』シリーズのはじまり、、、 - でこぼこーど

 

www.decoboco.me

www.decoboco.me

KAKA

にほんブログ村 主婦日記ブログ ひきこもり主婦へ
にほんブログ村

でこぼこーど - にほんブログ村