でこぼこーど

自己探求する主婦の子育てと愛犬介護の記録

人間関係の断捨離。それは、古いわたしの卒業式だったのかも。

4月に始めたこのブログ。

最初に書いたのが人間関係断捨離についてのことでした。

 

ママ友関係の断捨離をする決意をして、

心の距離と現実的な距離を置き、

ひとりの時間を増やしました。

 

人間関係の断捨離から1ヶ月が経ち、

距離をおいたからこそ気が付いたことがたくさんあったので報告します!

先に結論を書くと、断捨離を決断して後悔やストレスは驚くほどゼロでした!

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断るコツは先延ばしにしないこと

 

断ること。

 

これが、最初にわたしが超えなければいけないハードルでした。

 

 

今まで『誘いを断る』・『頼まれごとを断る』

ことは、私にとって罪悪感を感じるしんどいコトでした。

 

 

断る理由を考えたり、

モヤモヤと罪悪感を抱えるくらいなら、

 

断らない

 

という選択の方がラクだといつからか思い込んでしまっていたらしい。それはもう無意識レベルでクセみたいな感じ。

 

誰でも多かれ少なかれ、幼少期の環境から、同じ反応や行動パターンの癖を無意識に身につけてしまっているらしい。

 

 

だから、、、
人間関係の断捨離を決意してから

意識的に断ることに向き合った。

 

 

今までのように、断る理由をつけてごまかしたり、すぐに返事できずに数時間モヤモヤと先延ばしにするのをやめた。

 

 

 

罪悪感が姿を現しそうな時は、

この言葉を頭の中で呪文のように繰り返した。

 

断ることは悪いことじゃない!

 

自分が気遣いしてるほど相手はなんとも思っていない!

 

自分を不快にする人に気遣いしなくていい!

 

不快にさせても嫌われてもいい!

 

嫌われることが離れるための近道!

 

目的は距離を置くこと!

 

 

そして、

深呼吸をして、

『ありがとう。今回はパスします!』

 

『ひとりで行くから他の人を誘ってみて!』

 

と、ど直球で理由もなく断る‼︎

ということを意識的にやりました。

 

理由をつけず断る。


理由をつけず断る。

それは、理由をつけると別の日を提案してくれたり、希望を聞いてくれたりして、だんだんと追い詰められ、、、結局断りきれなくなるから。

 

 

断る前は言いづらくて
ドキドキして
気が重くて、、、

 

でも、実際やってみると
ウソみたいに気持ちが楽になりました。

 

 

断る理由を何時間も考えるより、

 

日にちの変更を提案されて
断れなくなってしまうより、

 

スッパリと行かないと言えた後は、こんなにも気持ちがラクなんだと実感しました。

 

断ってしまえば、もう、悩んだり考えたりすることから解放されて、そのあとは身も心も自由です。

 

どうせ断るなら、

間髪入れずにソッコーで!

 

 

下手に理由をつけたら、

いろいろ突っ込まれたり、

予定を変更して合わせてくれたり、

どんどん話がややこしくなります!

 

断る時は、

理由をわざわざ言う必要なかったんだ。

 

合言葉は、

キッパリとスッパリと!

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争うより我慢を選んでしまうのは何故だろう?

断捨離を固く決意させるほどのあの出来事がなければ、きっとその場の罪悪感に負けて、ずっと気付かずに過ごしていたかもしれない、、、

 

そして新しい疑問が現れました。

 

今まで、どうして断れなかったんだろう?

 

ということ。

 

不機嫌にされると居心地が悪くなって、相手に主導権を手渡してしまうのはなぜなんだろう?

 

 

わたしは、独裁国家のような家庭環境で育ちました。

 

親の名誉の為に付け加えると、暴力や虐待をされたことはありません。

 

ただ、父親の言うことは絶対という支配的な家庭でした。

 

愛情がなかったのではなく、

愛情の表し方間違った方向に偏っていた。

 

家族を所有物として思い通りに支配してコントロールするのは当たり前だという考えで、

個人の意見や、考えや、判断や、自由や権利はことごとく制限されていた。

 

厳しい親だとは感じていたけれど、実際には社会に出て、自分の家庭を持つまではその異常性には気がついていなかった。

 

 

もうひとつ、わたしには歳の近い姉がいて。

小さい頃の年の差は、圧倒的なチカラの差だった。

 

小さな頃は、大人や年上の人の言うことは正しくて、従わなければいけないのだと漠然と感じていた。うちの家庭ではそう教えられて育っていたから。

 

年上の姉から支配的な扱いを受けることも、当然なんだ。

だれも助けてくれないし、だれも守ってくれないんだ、、、そう思った。

 

 

今から思えば、、、
ひとつふたつの年の差は、
途中で逆転する程度のもので。

 

姉は抜かされたくない恐怖とか、

威厳を保つ為のマウンティングとか、

そんな想いがあったかもしれない。

 

あの頃の私は、、、
自分のほうが勝ってしまうと、そのあと手痛い仕返しや嫌がらせをされると経験から学んだ。

 

だから、無意識に、
姉を追い抜くことや
正論で言い負かすことを
避けるようになったんだった、、、、と、自覚したのは大人になってからのことだった。

  腐れ縁はスッパリと卒業することも時には必要

慣れてしまうと、見えなくなることがある。(というより、見ないふりをしてごまかしていた⁇)

 

断ることができて。

離れることができて。

はっきり見えることがある。

はじめから、私には要らないものだったのに、なんで断れなかったのかなぁ?、、、と。

 

うまく付き合っていかなきゃって、居心地悪いものに我慢することなんてなかったのに。

 

渦中にいるときには見えないことがたくさんあるんだなと改めて感じます。

 

その狭い場所が世界の全てのように感じてしまって広い視野で見ることができなくなる、、、

 

恋をしている人が盲目になったり、

カルト教団に入信した人が正しいこととと信じて罪を犯したり、

イジメを受けて自分は価値のない人間だと自信をなくしてしまったり、

DVや虐待を受け続けた人が、自分が悪かったせいだと自分をせめたり、、、

周りから見ればナゼ???と首をかしげるような事でも、

渦中にいる人には正常な判断ができないことがある。

 

周りの人は、逃げればいいのに!って、思うかもしれない。

でも、きっと逃げ出すのは簡単じゃない。

本人は気が付かないうちに、ゆっくりと時間をかけてマインドコントロールされてしまっているから。

 

マウンティングされて、

無価値化されて、

自信を喪失させられて、

コントロールされて、

支配されて、

自分で判断することすらう奪われてしまっているから。

 

友達関係でも、知らない間にこの罠にハマっていることがある、、、と。

 

いま、大切な人なのか。
切ることができないだけの腐れ縁なのか。

 

自分を偽って無理して続ける人間関係なら、スッパリと卒業したほうが、本当に自分が一緒にいたい人とのご縁に恵まれるんじゃないかなと思います。

 

人間関係の断捨離は、古い私の卒業式、、、

友達、、、、だと思っている人の中にも、支配して思い通りにコントロールしようとする人がいませんか?

 

初めはそんなそぶりは見せないし、人当たりのいい印象のこともある。

 

他の人の前では良い人の仮面を被っていて、相手によって見せる自分を使い分けている人もいる。

 

いちど友達になってしまうと、アレ?!っと気持ちがざわつくことがあっても、

きっと悪気があるわけじゃないと、目をそらしてしまう。

 

そして、そんな支配欲のある人ほど、お人好しを嗅ぎ分ける嗅覚を持っていると感じます。

 

譲る
折れる
負けておく
相手に花を持たせる
主導権を放棄する

私が育った家庭環境の中で、余計な被害を避けるために身につけてしまったものを、見事に嗅ぎ分けて利用してくる人。

 

Mさんもまさにコレでした。〇〇やめたら 楽になった話。人間関係にも断捨離が必要です。 - でこぼこーど

今でこそ、実家を出てから何年もたち、

子供達を育てながらたくさんの親子と出会い、

家庭を持つ前の自分より成長しているはずです。

 

人を見る目も、

自分への自信も、

判断基準も、

今はちゃんと持っている。

 

Mさんを含め、

私がまだ親の価値観から抜け出せていない頃に出会った古い友達、、、

支配されることを良しとしていた自分が築いた友達関係は、今の私にはもう必要のないものだったと今回気づくことができました。

 

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KAKA

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