魂の目的が壮大なものとは限らない?
わたしの魂の目的はなんだろう?
わたしの目指しているゴールはどこだろうって、知りたくて探していた最近のわたし。
突然!
あれ?!
もう、今の自分のままでいいんじゃない?って気がしてきた。
わたしの想像していた魂の目的って、すごく壮大な遠くにある時間をかけて辿り着く場所のようなイメージがあって。
世の中の役に立って
誰かに喜ばれて
必要とされて
自分の魂が喜ぶこと!
みたいな、理想高い感じ、、、。
なにより、
その「目的」で、収入を得られて生計が立つことが絶対条件だと思っていて。その条件に当てはまるものを必死に探してて、、、。
そもそも、なんでそんな条件づけをしてるんだっけ??と、ふと疑問に思った。
もちろん、魂が喜ぶことをして収入も得られたら素晴らしいことだと思うけど、、、。
有名になったり
誰かに認められたり
すごい影響力があったり
収入を得たりしてなくても、
ほんとうにわたしの魂がやりたいと思ったことなら、わたしの魂が喜ぶことなら、それで良いよ。って、自分に言ってあげたくなった。
普通に生活できて、やりたいことをやりたいようにやる生活が許されるんだったら、それもアリじゃない?!、、、と。
それは、この数ヶ月の自粛生活で、わたしの中に起こった変化。
ただ心が求めるもの、、、
わたしは昔から、生計を立てる、収入を得る、働く、、、そんなことにはすごく苦手意識があって、その部分には、全く自信もヤル気もない。
すごく情熱を傾ける夢も持ったことがないし、収入を得るほど自信のある趣味もない。
なんでもそこそこ出来て、そこそこどまりの自分。
そもそも、体力がなくて、人混みが苦手で、疲れやすくて、外に出るのがきらい。
それはもう、小さな子供の頃から変わらない。
本当は、そんな自分を嫌いなわけじゃなくて、ひとりでも楽しめる自分とか、1人の時間で満たされて幸せに感じられることとか、あまり他人に興味もない代わりに、比べたり上下や優劣の感覚も持つことはない、そんな自分が大好きで。
本当は、周りに流されない自分の世界を、大切に思ってた。
そんな自分を、「これがわたし」と、そのまま受け止めて認めていた。
そんなわたしも、必要とされる場所、求められる場所があって、自分らしく生きていた。
だけど、結婚してから16年間専業主婦として子育てに専念するうちに、だんだんと、そのままの自分にOKを出せなくなっていたのかな?
実は、家事という主婦のお仕事は、わたしにとっては苦手分野だった。
育児も、最初はドタバタで、いつも必死で、、、。
もしかしたら、外で働いてた時の方が楽だったかもってくらい、てんてこまいで。
(のちにその理由が不注意優勢型ADHDで、優先順位をつけにくくて、時間に決まりのない雑事が苦手だったと知った、、、。)
それでも、意地でも外に働きに出たくない!って家庭で必死に踏んばるくらい、筋金入りの出不精で外嫌いで(^-^;
そのぶん、子育てには自分の限界を超えて(普通の人よりキャパが小さいのでね。)わたしなりにすっごく努力したし、全力で向き合ってきた。
はずだった、、、。
そのおかげで、今の幸せがあるし、家族の絆が深まったし、本当に子育てをしてきた15年間は宝物で。わたしをめちゃめちゃ成長させてくれたと思ってる。
それなのに、、、
いつのまにか心のどこかで
働いていない自分
専業主婦の自分を
価値のある者と
認めてあげてなかったのかな、、、。
一緒に子育てしてきたママ友が、職場復帰したり、パートにでるのを見るたびに、プレッシャーを感じていたんだな、、、きっと。
収入を得ていないことで、自分の無価値感とか劣等感みたいなものを無意識に感じてしまってたのかな。
だから、
ある意味そこ(収入)にこだわってもいたのかな?と思う。
何かに興味を持った時も、趣味としてなにかを始めるときも、その先に収入につながる道があるのか?といつも考えてしまう。
そんで、もれなく気持ちが重くなる。
ハードルが高くなる。
素直に楽しめなくなる。
収入にならなくても、意味がなくても、ただやりたい!と思えること。
それだけで充分なのに!!
自粛生活で気がついたこと
今の生活、今の自分で十分に満たされている。
そのことに気がついたきっかけは、自粛生活にありました。
コロナの広がりで、自粛生活を余儀なくされて。ゆっくりと自分のペースで、生活するようになって。
私のコンプレックス部分だった、外に出るのが苦手で働いてない自分が、一転、裏返したようにわたしの得意な長所のように感じられました。
自粛期間もストレスをためずに、有意義な時間を過ごすこと。
ただ、おうち時間を楽しんで過ごすこと。
それが、自分に与えられた才能のように、自分の価値のように感じられました。
読みたい本を読んで、知りたいことを納得ゆくまで調べて、考えて、見つめて。
書きたいと気持ちが湧き上がったときにだけ、ブログを書く。
そんな生活に自分自身からの許可が出て、心からのびのびと自分らしい時間を過ごせています。
自粛期間も、笑いがたえない居心地のいい我が家でいられることを、感謝までしてくれるダンナさんがいて、、、。
専業主婦の自分を無価値だと思っていたのは、自分自身だったと気が付きました。
自分を責めてたのは、自分だったと。
家事や子育てに感謝して労ってくれるダンナさんの優しさ。器の大きさ。そのままの自分をありのままに愛してくれていることを実感して、さらに感謝が深まりました。
働きに行かずに家にいることは今までと変わらなかったのに、、、。このままの自分でいいんだ〜!!!って、やっとそのままの自分を許容できたような開放感を感じました。
そして、罪悪感なく、自分を責めずに、家にいることが、今まではできていなかったんだ、、、と自覚することにもなりました。
これが、わたしがコロナ自粛生活で知ったこと。
灯台下暗し
何千人の人が共感したり、すごく影響力のある有名人になりたいわけでもないのに、魂の目的がすごく大きなものだって思い込んで探してたから、すぐ足元にあるのに見えてなかったこと。
わたしは
自分で経験したかった。
知りたかった。
わたしは
自分の言葉で
誰かに伝えたかった。
自分で経験したことを、
知ったことを、
理解したことを、
感じたことを、
自分の言葉で誰かに伝えたかったんじゃなかなと。
会ったこともない、知らない誰かに届けたかったんじゃないかな、、、と。
そんな気がした。
その言葉が、届けたい誰かのヒントになったり、力になったり、心に寄り添うことができたら、それだけでもう、わたしの魂が喜ぶやりたかったことなんじゃないかなぁ。
と、そんな気がしました。
つながった自分自身の姿
わたしは、今現状の生活で、すごく心が満たされてて満足して幸せだなぁって感じてる。
これで充分じゃないかな、、、と。
そうしたら、今まで数秘やホロスコープを通して、探してきた自分自身の姿がやっとつながった気がした。
数秘セッションをうけて、AZさんに言ってもらった、わたしの持つ数秘のなかにある、現実世界と精神世界の架け橋になるということ。目に見えないものを、伝えるという役割。
それができる人、、、というよりは、その生き方しかできないというくらいに強い個性なのだということ。
ここ最近、とっても興味があって調べていた占星術のホロスコープ。
自分の産まれた日の天体に記されている自分。
それは、探究して、自分で読み解いて、自分の言葉で表現したいと求めている魂みたいだ。
両極のもののバランスをとること。
そこに、橋を架けてつなぐこと。
古くから伝わるものと
新しいもの
物質的なものと
精神的なもの
自分の体験したことを、自分の言葉でつたえる。
そこに、橋を架ける。
つなぐ。
後世へと受け継いでゆく。
過去と未来に橋を架ける。
何処までも、橋をかけたいひとなんだな、、、わたし、、、。
クスリと笑えた。
わたし、きっとそれがやりたいんだね。
それで、苦しいことも自分で体験したかったし、なんでも自分で体験して、しらべて、納得したいんだ。
そう思った。
すべてが遠くて、実感のない、ふわふわと巨大すぎると感じていたもの。
それが、急に現実の今のわたしの手の中にもある気がした。
現実的じゃないと思っていた架け橋になるってことが、すぐ目の前のほんの小さなものでいいんだって、それが自分の魂の喜ぶことなんだなって、思えた。
これがサポートや後押しと信じてみる
このコロナの生活をはじめてから、収入を得ていない自分や、外に出ないで家にこもっている自分を、責めるのも変えようとするのもやめて、受け入れた。許した。
そしたら、急に、わたしがこの生活を続けるのを、周りの環境が応援し始めたみたいに、サポートしているように見えてきた。
たまたまかも知れないし
気のせいかも知れない。
でも、本当に見えないサポートを受けているのかも知れない。
わたしは、相変わらず自分で収入を得てはいないけど、想像もつかない角度から、お助けがはいる。なぜか最良のタイミングで物事が決まってゆく。
すぐ先の未来の生活のことを心配せずに、変わらない普通の生活がおくれている。
見えないチカラが、この自分らしいスタイルの生活を応援してくれてるんじゃないのかな、、、?って信じてみたくなる。
数秘鑑定で、AZさんにもらった今のわたしへのアドバイスがよみがえる。
まず、収入を得るとか、金銭的なことを、行動を決める指針にしないこと。
やりたいことは、お金にならなくてもやる。
やりたくないことは、収入になるとしてもやらない。
その感覚をまずとりもどして。、、、と。
そうすれば、やりたいことが、自然とやるべき時に進むべき道につながるというようにアドバイスをもらった。
やっと、金銭的なことを行動の指針にしていた自分に、ハタ!と気づく、、、今ごろ、、、。
きっと、このことでしょうか?
AZさんがわたしに伝えたかったこと、、、。
目の前にあることを大切に♡
わたしが、生まれる前に決めてきた魂の目的は、ものすごい偉業を成し遂げたい!とか、そんな雲の上にはないかもしれないな~って、そう思ったらちょっと軽くなった。
そうだとしたら、もう辿り着いてるのかも。
もう、目の前にあったのかも。
目の前にあることを大切に見つめてみようとそう思えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
KAKA