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年の差姉妹の子育て中 大人adhd主婦の自分らしさと幸せさがしのブログ

親子関係を振り返るー甘えられなかったあなたへ

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こんな子供だった幼少期

姉と妹の3姉妹の真ん中として育ちました。

何かを買ってほしいと駄々をこねることも、我儘をいうことも、極端に甘えることもない、無口でとても変わった子。

いつも独り遊びしている、静かでおとなしい子でした。

真ん中っ子は大抵少し変わっていて自立心が旺盛といいますよね。

まさにその典型として育ってきたようにおもいます。

 

ずっとそうして過ごしてきたのですから、自分でも私の性格はすごくドライで、親に甘えたいとも思っていないし親への依存する心もない。親への愛情が薄いのだと思っていました。

親も私のことを、何を考えているのか分からないと感じていたのではないでしょうか。

 

甘え方の分からない子

私は真ん中っ子だったので、親から特別に自分だけに注目してもらう期間というのがありませんでした。

姉は、後から産まれた私へのライバル心や、親を横取りしようとする邪魔なやつという思いが強く、小さい頃は意地悪をされた記憶ばかりです。母親に褒められたり甘えたりすると、こっそり姉にいじめられました。

その後、妹も生まれてました。

経済的にも裕福ではない家庭環境。

ワンマンで亭主関白の域を余裕で超えている父。

ひとりで3人の子を育てながら内職をする母。

私は人一倍、誰かの感情を受け取りやすく、感じてしまうところがあるので、迷惑をかけないようにわがままを言わないようにいつも周りを気にしていました。

 

正直、親への甘え方もわからなかったし、自分が親に甘えたいと思っているなんて考えたこともありませんでしたが、、、

ただ、親へ甘えることが負担をかけてしまうことと感じていたので、結婚してからも子供ができるまで親に心配をかけないようにとどんなに困って苦しい時も、親の前では見せられませんでした。

結婚して家庭を持って子供もっても尚、親に甘えてる姉を見て、不思議でならなかったのです。

 

親への不満があふれた自分の出産

私がはじめて子供を産むとき、やはり不安で、頼りたいのは母でした。

出産に付き添ってほしい、実家に里帰りしたいと言ったとき、無理だと断られたのがとてもショックでした。

滅多に頼みごとをしない私が勇気をだして頼んだのに、あっさり断られてしまったのですから。

 

それまで姉の出産に2度とも出産前からかいがいしくお世話をし、出産後も実家で長々と里帰りを受け入れた母が、私の初産での里帰りを受け入れてくれないことに、姉妹の中で私は愛されていないのかな、、、と苦しくなり、産後鬱のような状態になってしまいました。

 

今までの溜まっていたものが溢れてしまったのです。

親を激しく恨むほどに、、、。

 

私は甘えたくないのではなく、親の負担になりたくなくて小さい頃からずっと我慢してきた自分に気がつきました。

本当は甘えたかった。

甘え方がわからなかった。

 

いい子ぶっている?

頼ってくることもない甘えてくることもない私を、強くて自分のこだわりがある人、助けてあげなくても自分の力でやっている人、と思ってきた母は、私は助けてあげるべき存在ではなかったのでしょう。

(後々になって心の整理がついてからは、母もあの時期は父との関係でいろいろ大変だったこと、自分のことで精一杯だったんだろうな…と理解する気持ちになっていますが、、、。)

姉は小さい頃から、自分の欲求は親に伝える人でした。

ちゃんと甘えられる人でした。

子供だから当然です。

 

小さい頃のわたしは、親の気持ちや困り事が手に取るように感じるだけに、姉はどうしてそんなにお母さんを困らせることが言えるんだろう?と不思議に感じていました。

勝手に母の気持ちを汲み取り困らせないように自らを自制していたのです。

小さい頃よく姉に言われました。

自分だけいい子ぶっている‼︎と。

長年続けることで、当たり前すぎてそのことに自覚すらなくなっていたのでした。

 

子供を産んでからの数年間は、自分の親子関係や家庭環境と向き合うことになり、とても苦しい数年間でした。

親との縁を切ろうとまで思い詰めました。

 

自らの親子関係に向き合った苦しい日々

今は、親との関係はわたしの中では過去のこととして感情的にならずにただの事実としてみられるようになりました。

怒りや、苦しい気持ちもありません。

けれど、乗り越えられるまでにはとても長い年月が必要でした。

親を恨み親を激しく嫌悪する日々は、とても苦しく辛いものでした。

親には感謝しなさい

どんな親でも子供を愛している

そんな言葉が辛かった。

親を愛して受け入れられない自分のことも嫌だった。

 

実家へ顔を出すことを娘の義務と思っていた私は、実家へ帰るたびに体調を崩して我が家もどり、数日寝込む、、、という状態でした。

旦那さんは、仕事が忙しくて一緒には行けないけど、いつでも実家でゆっくりしておいでと言ってくれる人でした。

うちの父がその旦那さんの悪口まで言いはじめ、もう縁を切ろうと覚悟したのでした。

 

旦那さんは、こう言ってくれました。

『頑張りたいなら一緒に頑張るし、もう縁を切りたいなら切ってもいい。

俺のことはどんな風に言われても思われてもいい。

毎回、実家から帰るたびに寝込んでるよな?

もう十分がんばったし、好きなようにすればいい。』

 

そして、心の中で距離を置き、しばらく関わりを持つのをやめました。

 

子供が成長してはじめて知った事

長女は、今から思えばわたしと全く同じタイプの子でした。

手がかからず、聞き分けが良く、甘えない。

 

次女は全く違うタイプの子でした。

ずっと抱いていないと泣いている赤ちゃん。

いつも抱っこか膝の上。

寝る時も幽体離脱のように私の上に重なって寝る。

夜中も何度も泣いて呼ぶのです。

ずっとずっとそばにいて欲しいと。

スーパーに行けばこれ買って〜!と寝転がって駄々をこね、泣くわわめくわの大騒ぎです。

とにかく度を越した甘えん坊でした。

 

そして、はじめての我が子から甘えられる経験に私が感じたものは、

必要とされ無条件に求められることの幸せでした。

 

子のための苦労は親の幸せ

はじめて知りました。

子供に甘えられること、子供のために無理すること、求められること、甘えられること、、、

 

それは、親にとっては迷惑なんかじゃなく、

親として幸せに感じることだったのだと。

甘えて迷惑をかけているように見えた姉は、母にとっては甘えてくるかわいい我が子で、姉のためにやっていたことは幸せだったのかもしれないと。

そして、私も子供の頃から素直に甘えることができていれば、母は喜んで甘えさせてくれたのかもしれないと。

 

それを知った時に、はじめて母親のことも受け入れられるようになりました。

あの頃の母親は今のわたしよりずっと若かった。

きっと、毎日必死で子育てしていたんだろうな、、、と、その頃の母を、同年代の1人の女性として見ることができるようになりました。

母も、子育てのことなんて誰からも教わらずに、正しいかどうかなんて知らずに、昔から受け継がれてきた方法で子育てをしただけなのだろうなと。

 

我が家の甘え下手な長女

甘えないドライな性格と思っていた長女は、私と同じく人の気持ちを察してしまうタイプの子でした。

甘えないのではなく、甘えられなかったのだと知りました。

 

妹が生まれ、いつも私にまとわりつくようにしている妹を見て、あんな風に甘えていいんだなとはじめて知ったのだとおもいます。

 

勇気をだして、膝に乗ったり抱きついてきたりするようになった長女は明らかにぎこちなく緊張していて、はじめは私の方もすごく緊張して

ぎこちなくて、、、、。

 

でも、それも回数を重ねるうちに自然に甘えることができるようになったみたいです。

中学生になっても、パパ大好き!ママ大好き!って乗っかってくる長女は、小さい頃にできなかった分も精一杯取り戻しているんだなぁ、、、と、甘えてくれることに嬉しく感じます。

甘えられないあなたへ

思い切って甘えてみたらどうですか?

甘えられるのって悪くない!

頼られるのって嬉しい!

必要とされることが生きる意味に感じることすらあるんですから。

 

私は親には甘えられませんでしたが、旦那さんと出会って、今は旦那さんが親のように、兄妹のように、友達のように、子供のように、全力で甘えさせてくれるので満足です。

KAKA

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